強力な軍部支配の珍現象 2
政府高官はもとより、大学教授に至るまで、軍入が占める割合は大きい。
公然と特権を主張している軍部にたいて、人びとはひどー敏感で、想像もできないような珍現象までひき起こしているのです。
さいわい、外国人にはなんのとり調べもなく、わたしはパンジャンを無事、出発することができました。
二昼夜でメダンまでいくというスマトラ縦断ダイレクト・バスにのったのです。
トラックを改造した車内は、バスとは名ばかりのシロモノだった。
政府高官はもとより、大学教授に至るまで、軍入が占める割合は大きい。
公然と特権を主張している軍部にたいて、人びとはひどー敏感で、想像もできないような珍現象までひき起こしているのです。
さいわい、外国人にはなんのとり調べもなく、わたしはパンジャンを無事、出発することができました。
二昼夜でメダンまでいくというスマトラ縦断ダイレクト・バスにのったのです。
トラックを改造した車内は、バスとは名ばかりのシロモノだった。
1978年、スマトラ南部のパンジャン港を異様な空気がとりまいていました。
さきほどまで顔をほころばせて、船の揺れに興じていた子どもたちまで親のそばにじっと寄りそったままニコリともしない、グリーンの制服姿の軍人が、せまい港に2、30人、厳格な顔で警備体制をとっています。
30センチもある短剣を腰にしのばせていたり、編みあげの軍靴はひどくいかつく、混雑したパフへのなかで足を踏まれたら悲鳴をあげそうだ。
スカルノ退陣後、インドネシアは軍部ががっちり支配体制を敷いています。
ボルフガングのがっかりした顔は、みるのも気の毒なほどであった。
わたしの時計はシッカと腕におさまっています。
物をみる目はさすがにプロなのです。
わたしにも苦い経験があります。
アフリカはタンザニアの満員バスのなかで、スルリと腕時計を抜かれてしまったのだ。
それ以来、すこしかしこくなって、旅行のときはいつも数千円ていどの安物のデジタル・ウォッチをするようになった。
しかもバンドはステンレス製。
革バンドだと簡単に抜かれてしまうからだ。
しかし、コロンビアあたりになると、いまだにときどき山賊が出没し、襲われることがあります。
「山刀で腕ごとたたき切られて、腕時計をもっていかれたやつもいるんだぜ」と、パナマからコロンビア入りしたとき、国境の係官におどかされたものです。
そういえば、バスの運ちゃんにも真顔でさとされたことがありました。
「時計というものは腕にするもんじゃない。
この国ではポケットに入れておくものなんだ・・・」
人ごみのなかでドイツ人のボルフガングは突然もがきはじめた。
そして「あっあー。やられた!!」と大声で叫びだしたのです。
南米はペルーの首都、リマのマーヶットを歩いていたときのことだ。
先を歩いていたわたしは、友人の身になにごとが起こったのかと急いでひきかえした。
しかし、すでに遅かった。
ボルフガングの10万円もする高級腕時計は、そのときすでに彼の手首から煙のように消えていました。
「最初、だれかがぶつかってきた。そして四、五人の男にとり囲まれたと思ったら、もう腕時計はないんだよ」まるで魔術をみるような一瞬だった。
あわててあたりをみまわしたところで、もう彼らの姿はすでにない。
可愛い色や形をメイクに取りこむことは、別にいけないことじゃない。
いけないのは、それに頼りきって表情ブスになること。
可愛いメイクをしてるから、すっかり安心してしまうのか、表情がかたまって動かない人を、かつてはよく見た。
でも残念ながら、表情の魅力不足をカバーしてくれるほど、メイクは最強ではない。
メイクは、濃くても薄くても、主役にはなりえないのだ。
その人の顔や表情には、結局勝てないのです。
だから今、大きく笑う女が可愛い。
フユーシャピンクの口紅が、見事"復活"を果たしたからこそ、もう一度言いたい。
ピンクで可愛さは作れない。
気持ちが可愛くないと女はこれから先もっと、可愛くは見えないのです。
"可愛く見せるメイク"は可愛くない?
今ふり返れば、過去の日本におけるメイクの流行は、そのほとんどすべてが"可愛く見せたい"という願いの表れだった気がする。
かつて大流行した"ピンクメイク"は、ともかく顔じゅうピンクしか使わないことで、「大丈夫、私は可愛いのだわ」と自分に言いきかせる手段になっていたし、かつてOLの"超定番"であったあのフユーシャの口紅も、可愛く見せる"ハンコ"のように重宝された。
その後、私たちも少し学習して、賢い女は可愛さをそう露骨に表現してはいけない。
だから口紅もフユーシャピンクではいけないとベージュピンクを次の定番色に選ぶ。
一見ナチュラルメイクの完成形のように見えた当時のメイクにも、やっぱり"こうすれば可愛く見える"という企みが入っていた。
どこかにフリルだのリボンだのが見えてしまうのです。
でも、多くの女は気がついた。
フリルのついたメイクは、どこかにあざとさがのぞいてしまうこと。
狙いすました可愛さは、結果として可愛くは見えないことに。
そう、可愛いかどうかは、あくまでも他人が決めることなのです。
要するに可愛さの実現を、何かに頼らないこと。
大切なのは、そこです。
病室にお見舞いに行く時、私たちは確かに少し悩む。
でも結局は"マナーとしてどうなのか?ばかりを考えていた気もする。
でも大切なのは、化粧をするもしないも、まずは相手の立場になること。
化粧は確かに"身だしなみ"のひとつ、素顔では失礼にあたる場面はいくらもあるが、お見舞いばかりは、相手と同じ素の状態に身を置かないと、"どーお?"というひと言さえ届かないこともあるのだろう。
そういう真実を、その華やかで美しい女医さんから教えられたことで、私はよけいに化粧の意味を深く考えさせられた。
ふさいだ心を明るくするのも化粧だが、薄化粧すら、人を傷めつけることがあるということに。
美人で華やかで、おまけにとてもセンスが良く、黙っていても目立ってしまうその人の職業は、医者。
私はちょっと聞きにくいことを思い切って聞いてみた。
「そこまでおキレイだと、お仕事にさしつかえませんか?」
その人は当然のように、この不躾な質問を否定したけれど、それでも医者という立場でなくてはわからない、こんな話をしてくれた。
「私はおしゃれも好きなんですけれど、医者になったばかりの頃、かなり苦労をしました。
患者さんは、体だけじゃなく神経もやはりそうとう病んでいるんですね。
心も弱ってるから、派手なものや強いものを見たくないんです。
だから、身だしなみ程度のメイクも患者さんにとっては邪魔なものになるんですよ。
それより、"いかがですか?"とやさしく言葉をかけることがいちばんなんです」
長い間入院していた女性が似たような話をしていたのを思い出す。
お花をいただくのはすごくうれしいけれど、病室中がお花でうまった時、じつはものすごく疲れたのだと。
しかし一方、患者さんの気持ちを明るくするために、殺風景な病院の中、せめて化粧だけはきちんとしようというのが、看護婦さんの心得でもあるという。
お花も化粧もまた病人への心づかい。
さてどちらが本当なのか。
われわれを取りまく世界にパターンや意味を見いだそうとするこの過程は、きわめて重要であって、実際には何も伝えられていない状況においても、生存するために、われわれはいつも自動的にそのようなことをするほど強力なのです。
このようなことが生じると、何も存在しないところに意味を見いだしたがる。
このことは、ロールシャッハ検査のような心理検査の基礎となっています。
このことから、占星術による記述が当たる理由は、容易にわかる。
一部には普遍的妥当性とだまされやすさのために、一部は人間の基本的了解過程のために、占星術は当たるのです。
いうまでもなく、このことは占星術が正しくないことを意味するものではない。
ただ占星術の正しさを見いだしにくくしているにすぎない。
人生に意味や秩序を見いだしたり、新発見をしたりすることを可能にする同じ過程がまた、あやまった信仰をしやすくさせているーとくに、だまされやすさは、了解能力と知能とともに増大するということは皮肉なめぐりあわせです。
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前回ご紹介したタイプの人たちは、運動が不足しているため、食事によって摂取したエネルギーの放出量が少ないのだそうです。
そのため、エネルギーがありあまった状態になり、本能の働きで、眠る前に、寝床をころがってみたり、首をまわしてみたり、左右にごろごろしたりします。
つまり、「もっと運動をして、エネルギーを発散してほしい」と身体が訴えているのです。
そのために浅い眠りしか得られず、夢ばかり見ることになります。
日中に、思いきりエネルギーを消費しておくことです。
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